どうして「オレンジ革命」と言うのですか?
「オレンジのリボン」2004年のウクライナ大統領選挙のシンボ
ル
昨年の暮れ、11月ウクライナでは大統領選挙が行われました。前の大統領クチマ政権の時代が終わりに近付く状況ではだれが次の大統領になるかと言う問題は非常にきわどい問題点となります。

キエフ中央通りのクレシチャチク通りの「テントの村」で
(写真: © Dreams
Come True Foundation, 2005.撮影: 2004年)
第一回投票で候補者が二人に絞られ、新ロシアで守旧派のヴィクトル・ヤヌコヴィッチ首相(当時)とEUへの早期加盟を掲げる改革派のヴィクトル・ユシチェンコの一騎打ちとなりました。

キエフ中央郵便局の前
(写真: © Dreams
Come True Foundation, 2005.撮影: 2004年)
第二回投票の結果は守旧派ヤヌコヴィッチの勝利、しかし、次第に明らかになったのは以前から政治腐敗が騒がれたヤヌコヴィッチ陣営による組織化された選挙違反行為です。ヤヌコヴィッチが大統領就任を宣言する一方で、改革派ユシチェンコとその支持者は選挙のやり直しを求めました。

ヴィクトル・ユシチェンコの演説を聞きながら
<アマチュア・ビデオ一を見る>
<アマチュア・ビデオ二を見る>
(写真・ビデオ: © Dreams Come True Foundation, 2005.撮影:
2004年)
改革派の支持者は首都キエフの中央の広場に集結し、数週間にわたってデモを行ったのです。陣営のシンボルカラーが「太陽」や「温かみ」を象徴するオレンジ色だったことでこう呼ばれた民主化運動でしたが、第三回投票となった12月26日の選挙には世界各国から12000人を超える選挙監視員が派遣され、世界が注目する中での出直し選挙となった。この選挙を制したのは改革派ユシチェンコです。

「撃つな!」と書かれた町のポスター
(写真: © Dreams Come True
Foundation, 2005.撮影: 2004年)

タク・ユシチェンコ
「Так!
Ющенко!」
(Так=yes)と書かれた旗
(写真: © Dreams Come True
Foundation, 2005.撮影: 2004年)
「オレンジ革命」の時キエフの中心地に集まっているキエフ市民やウクライナ各地から来ていた人だかりは冬の寒い天気にもかかわらず心温かく喜んだ顔を見せて自分の印象を語りあったりしてパンの最後の残り分を分けてやったりしました。多くの人はユシチェンコが大統領になる日までどうしても家へかえらずキエフ中心地にテントを張ったりして「テントの町」にもキエフ市役所などの役所の建物ロビーにも泊まったりしてキャンプのような生活をしました。

市役所の中で休んでいる「オレンジ革命」の参加者
<アマチュア・ビデオを見る>
(写真・ビデオ: © Dreams Come True Foundation, 2005.撮影:
2004年)
その時の忘れがたい「オレンジの気持ち」はそんな不思議な革命に参加した人々の心の中に長い間残るかもしれません。
このページの上へ
便利なリンク
-
オレンジ革命
-
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』のウェブサイトの『オレンジ革命』のページ。『オレンジ革命』と言う呼び名の説明、革命の背景、事件の経緯、その他
ヴィクトル・ユーシェンコ-
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の
「オレンジ革命の英雄」と称されているヴィクトル・ユーシェンコについてのページ。生い立ち、銀行家、政治家、側近グループ、対日関係、パーソナル、外部リンク。
ユリア・ティモシェンコ-
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の
「オレンジ革命のジャンヌ・ダルク」と称されているユリア・ティモシェンコについてのページ。略伝、関連項目、外部リンク。
-
[オピニオン] オレンジ革命
-
japan.donga.com のウェブサイトで発表した記事
オレンジ革命/民衆パワーで選挙を逆転
-
『Yahoo!
Japan
きっずニュース』のウェブサイトの記事。(共同通信)
ユーラシア新世紀・オレンジ革命のドミノ現象-
TBSウェブサイトのモスクワ在住TBSの記者の記事
harashuさんの旅行記。ウクライナ大統領選挙 オレンジ革命-
『goo
旅行』ウェブサイトの個人の旅行記。2004年12月31日〜2005年01月03日 / 写真18枚を含めた旅行記。
オレンジ革命-
熊本日日新聞社の『くまにち.コム:子どもネット:ニュースなぜ?なに?』 web.kumanichi.com/kodomo のウェブサイトの記事
リベラシオン抄訳「ウクライナ『オレンジ革命』の熱い運動、熱い演出」-
blog.livedoor.jp/sabatasamezoのウェブサイトの記事
民主化を求めた国民 ウクライナ大統領選-
沖縄タイムス (2004年12月29日)
ウクライナ/分裂避け国民主役の国に-
神戸新聞 (2004年12月29日)
ウクライナ/対立の先鋭化は避けよ -
神戸新聞 (2004年11月26日)
共同通信 -
ウクライナ大統領選 -
ウクライナ大統領選挙に関するニュース一覧、写真特集。
ウクライナ、野党ユシチェンコ氏の当選ほぼ確定 -
ウクライナ大統領選挙のやり直し決選投票(26日実施)で、中央選挙管理委員会は27日昼(日本時間同夜)現在、開票率98%で、民主野党代表ビクトル・ユシチェンコ候補(50)が52%の票を獲得したと発表。親露派の現首相ビクトル・ヤヌコビッチ氏(54)は44%で、ユシチェンコ氏の当選がほぼ確定した=安川純撮影
-
ウクライナ人物 -
ヴィクトル・ユシチェンコ、ユリア・チモシェンコ、ヴィクトル・ヤヌコヴィッチなどのウクライナの有名な政治家についてのページ。
-
ウクライナ大統領選挙 -
2004年ウクライナ大統領選挙についてのページ。
-
ユリア・ティモシェンコ -
2005年02月4日に女性初のウクライナ首相に承認されたユリア・ティモシェンコですが、「可愛い」とか「美人」とか話題になっているので画像を集めてみた。
-
ヴィクトル・ユーシチェンコ・ウクライナ大統領「新しいウクライナと世界におけるその位置付け」
-
「オレンジ革命」後、国内的には民主化を進展、市場経済システムを確立、外交面ではロシアとの関係は維持しつつ、欧州との統合を志向している。(2005-07-21)
-
ドネツクで考えたこと -
2004年末、私は立て続けにウクライナを訪問する機会に恵まれた。日本外務省とスラブ研究センターの尽力により、欧州安全保障協力機構 (OSCE)が組織した国際選挙監視団に加わり、11月、12月と二度にわたってウクライナ大統領選挙を見てきた訳だ。11月の決選投票では、チェルニゴフ州という、キエフに程近いウクライナ北部の片田舎で監視を行ったが、12月は、日本大使館の厚意によりドネツク州を担当することになった。ウクライナ東部に位置するドネツクは、11月の決選投票で、州全体で投票率97%を記録し、いくつかの投票所では、投票率が100%を越え、最高裁の無効裁定が下される要因となった地域である。
-
このページの上へ